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平成23年9月21、22日 釜山港視察
2011年 09月 24日 (土) 12:47 | 編集
 港湾振興を考える議員有志6名と国交省港湾局の幹部職員5名で、コンテナ貨物取扱量で世界5位の韓国・釜山港を視察した。長崎県対馬市の最北端から約50kmに位置する釜山市であるが、福岡空港発着の1泊2日という強行スケジュールの中、大変有意義な調査であった。
 初日は金海空港から直接、釜山新港に向かう。釜山旧港(北港)から西に25kmの新港は2006年に供用開始し、現在30バースを有しているが、第3次基本計画で計40バースを目指しているという。今後は貨物の取り扱いを新港にシフトしていくため、交通アクセスとなる道路などのインフラ整備が急ピッチで進められている。
 新港の一角で営業する韓進海運ターミナルを訪問した。ヤード、ゲートともにITで管理され、オペレーションルームでは20才代の女性たちがオートマティックシステムでガントリークレーンからコンテナを約10分で次々とトレーラーに積みこんでいく。夕方は海雲台に移動し、余田総領事とともに食事をとりながら意見交換した。

 翌日は釜山港湾公社(BPA)の廬基太社長を表敬訪問。元国会議員の社長に旧港の今後の再開発プロジェクトについて説明を受ける。貨物ターミナルの一部を国際旅客ターミナルとして整備し、他のエリアは沿岸旅客や国際クルーズの拠点となる。次回に訪問する時には、さらに広大な埋め立地に市民の憩いの水辺公園も完成し、多くの観光客で賑わっているであろう。
 スミル公園からBPAの案内船で湾内を視察。湾口から少し沖合に出たところで遠くに対馬が見えた!感動である。ここ釜山でも対馬が見えるのは年間に数回だという。振り返れば、ちょうど1週間前は党の離島振興PTの国会議員団で対馬にいたのである。逆に対馬から釜山を眺めたが、空が曇ってて見えずに皆さん、がっかりして帰ったのである。
 旧港に戻って、関釜フェリーを訪問した。会社の金営業部長が下関に次いで佐世保との定期旅客の話を進める為にも是非、佐世保を日本海側拠点港湾にして欲しい旨の要望をされ、我々は大変驚いた。

 最後の視察地・新港の物流団地に向かう途中、視察団と別れて我輩は釜山市内の狭い店が立ち並ぶ市場に行く。こんな店舗密集地に実弾射撃場があるなんて信じられない。現地に着くと、長崎市の釜山事務所の佐々木所長が待っていた。我輩の地元・雲仙市の若者が旅行に来てここで被害に遭ったのである。事故後、幾らか消防法などの法律整備や環境整備がなされているという。将来有望な故郷の青年たち、さぞかし無念だったであろう。黙って手を合わせた。
 新港物流団地(BIDC)は、新港の背後地に控える巨大な団地の一角にあり、ルノーサムソン自動車の部品やAmwayの商品が山積みされている。ここから北東アジア全域に向け、流通していくらしい。たいしたモンだ!

 地理的地形的に恵まれた天然の良港、国土が狭く資源の少ない韓国の国家戦略(貨物取扱)、釜山港に絞った集中投資で企業誘致と巨大物流システムの構築等、我が国の港湾振興、物流活性、雇用創出などを考える上で大きな示唆を得た視察であった。「選択と集中」か「国土の均衡ある発展」か、我が国も帰路に来ていると思う。現行の法体系における不備や様々な課題を克服しながら、予算をしっかり確保できるよう頑張ってまいりたい。 

P9220338.jpg
↑釜山港湾公社(BPA)の廬基太(ノ・ギテ)社長と意見交換。

宮島衆議員、外山参議員とガントリークレーンの前で。

新港物流団地にて、古賀衆議員や広野参議員の姿も・・。

釜山市内の商店密集地の実弾射撃場。ここで悲劇の惨事があった。

事故の犠牲に遭われたのは私の地元・雲仙市の青年たちである。ご冥福をお祈りします。
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